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| ト ピ ッ ク ス | ||
| 牧岡さんにまつわる色々な話題ををお届けします。 |
牧 岡、牧 丘、槙 岡 皆さんは「まきおか」という姓は、「牧岡」、「牧丘」、そして
「槙岡」のどれ |
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知識が無い私には、Coel.lactea'Makioka'というのが、花の種類なのかどうか、はっきりとは、わかりません。 また、もしそれが蘭の種類だとしても、なぜ「Makioka」なのかも、いまのところわかりません。興味のある方は、Orchids and Wild Flowersという島田哲夫さんのホームページを訪れてみてください。(上の写真は島田さんのご好意で、使わせていただきました。) その後、島田さんから、ご親切にメールをいただきました。それには、 Coel.とは、Coelogyne(セロジネ)属、lacteaはセロジネ属の中の品種をあらわし、‘Makioka’とは、その中の1種で、おそらく牧岡(槙岡)さんが自分の名前を付けられたのだろうと推察します。 と書かれていました。島田さん有難うございました。
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柳川藩の牧岡さん? 皆さんは大塩平八郎という人をご存知ですか?大塩平八郎は、大阪の町奉行所与力で陽明学者としても知られていました。与力を退職後は、洗心洞塾をひらいて子弟の育成に努めました。 しかし、何よりもその名を不朽ならしめたものは天保8年(1837年)に彼がおこした大塩平八郎の乱です。天保の飢饉により米価が高騰し人々の暮らしが困窮したにもかかわらず、大商人はそれにつけこんで、米の買占めで潤い、日夜豪遊を極めていました。そこで大塩平八郎が立ち上がったわけです。 さらにその3ヶ月あとには、新潟県柏崎の大庄屋牧岡豊左衛門さんが襲われた春日騒動(文政6年・1923年)を取り鎮めた柏崎陣屋に、大塩平八郎の乱に刺激を受けた生田万(よろず)と、その門下生が「救民」の旗をかざして切り込んだ事件もおきました。(生田万の乱) その大塩平八郎が、彼の考えなどを記したものを、諸藩の儒学者などに贈りました。その中の一人が柳川藩の牧岡さんらしいのです。 「曽根崎新地のひろ」さんの大塩の乱資料館のホームページの石崎東国著「大塩平八郎伝」その58の中に、 牧岡 豬 通称進二、柳川藩の儒臣なり と書かれています。 牧岡豬さんは牧岡進二とも呼ばれていて、柳川藩で儒教を学んでいたか、教えていた人なのではないかと思われます。 ところが、柳川を訪ねて調べてみたところ、牧岡という藩士は記録にない。「牧園」ではないかということでした。「園」と「岡」筆でかくと混同しやすいですよね。残念ですが、これは間違いでした。
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山梨県には、牧丘町立牧丘病院があります。東大阪市には枚岡病院が しかし、牧岡医院(院長:牧岡蘇香さん)はありました。奈良県にあります。 医学の分野でも牧岡さんは活躍しています。 |
牧岡さんは米大統領にガツンと言ったらしい? 自動車総連に「牧岡」姓の部長さんがいます。以下自動車総連のホーム |
細雪の蒔岡さんは牧岡さんだった 谷崎潤一郎の細雪は読んだことがない人でも、名前くらいは知っている 岐阜県の牧岡孝夫さんのお話によりますと、孝夫さんの伯父さんの憲一さん(現在大阪在住:岐阜がルーツの牧岡さん)が神戸に住んでいたころ、よく行く喫茶店で知り合った谷崎潤一郎に、「牧岡姓は珍しいので小説の主人公の姓に使いたい、ただし小説の中では蒔岡とさせてほしい」と、頼まれたそうです。そして、細雪の下巻の中には、憲一さんが生まれ育った岐阜県の様子も、蛍狩りシーンとして描かれています。私も今この本を読んでみましたが、蒔岡家の長女鶴子の長男が私と同じ名前(てるお)で、フィクションですから我が家とは全く関係がないわけですが、他人事ではないような錯覚に陥っています。また、この蒔岡家の四姉妹(いずれもスゴイ美人)の物語を読んで、女だけのご兄弟(姉妹)の家では「私達のことかしら?」などと考えたこともあったかもしれませんね?まだ、読んでいない方は、新潮文庫にあります。(上、中、下、3巻に分かれていて、1巻500円前後です)、お読みになってみてはいかがでしょうか? 細 雪 に つ い て 「細雪」は蒔岡家四姉妹の物語です。そこには当時の関西の上流階級の家庭の風俗が、絵巻物のように描かれています。 この細雪は、谷崎潤一郎が「源氏物語」を現代語訳したのち、その現代版として書いたと言われていますが、本人は「細雪回顧」のなかで、「よくそういわれるが、自分では判らない。第三者の判定を待つより仕方がない」と、肯定も否定もしていません。 昭和19年に「戦時中には適さない」と、政府に干渉された潤一郎は、それならと自費で上巻を出版し、知人友人に頒布しました。さらに自費で中巻を出版しようとこころみましたが、こんどは、それすら禁止されてしまいました。やがて戦争が終わり、昭和21年になって始めて正式に上巻が発売になり、22年に中巻、23年に下巻が発売され、昭和17年から書き始めた細雪は5年以上の歳月を経てやっと完結しました。 (婦人公論に連載された下巻は22年に完結しています。) 欄 柯 亭 下巻のはじめには、牧岡さんの故郷の岐阜県で蛍狩りをするシーンが描かれています。実際にあった「欄柯亭」の名前も出てきます。この下巻の時代背景は戦前で、戦後間もなく書かれたものです。 谷崎潤一郎が欄柯亭を実際に訪れたのか、あるいは、牧岡さんから聞いて書いたのか、あるいは欄柯亭の情報を他所から得て使ったのかわかりませんが、岐阜出身の牧岡さんは、ぜひ細雪を読んでみて下さい。 また、この欄柯亭は今では国道156号線の道の駅「白鳥」(岐阜県郡上郡白鳥町長滝)の近くの若宮修古館に移築されています。機会がありましたら、出かけてみてください。 細 雪 の登 場 人 物 登場人物は、長女鶴子、その夫辰夫、子供は輝雄、哲雄、秀雄、芳雄、正雄、梅子。(長女は子沢山です。)そして次女は幸子、その夫は辰之助、子供は悦子。三女は雪子、四女は妙子です。 漢字は違っても同姓同名の方はいませんか? Makioka Sisters(まきおか姉妹) 「Makioka Sisters」って何のことだか、わかりますか。実は、谷崎潤一郎の「細雪」の英文タイトルです。「細雪」は、蒔岡家4姉妹の物語ですから、内容をわかりやすく、そのままずばり英訳すれば、そうなりますよね。皆さんご存知でしたか? 日本では、めずらしいMakiokaという姓も、日本文学に興味がある英語圏の皆さんにとっては、日本を代表する名前の1つになっているのかも知れません。 外国人に自己紹介をするときは、自信を持ってMakiokaと言いましょう。 |
後 藤 碩 田 インターネットからの情報ですが、江戸末期に後藤碩田という学者、文化 ただし、残念ですが、これは「牧岡」ではなく「枚岡」、そして読み方は「ひ |
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ま る 強 武 蔵 く ん
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花かげの郷 ま き お か山梨県に「花かげの郷 まきおか」という道の駅があります。ただし、残念ながら漢字で書けば「牧丘」となるはずです。というのは、ここは山梨県東山梨郡牧丘町にあるからです。でも、この町では、いろいろなところに「まきおか」と、平仮名を使っています。ですから「牧岡」さんとしては、何となくいい気分です。 この、「花かげの郷 まきおか」は、国道140号線に面した小高いところにあり、天気が良ければ正面に富士山が望めます。数年前、雁坂トンネルが開通し、秩父方面からのアクセスも便利になりました。牧丘町は巨峰とりんごの産地で、秋は観光客でにぎわいます。(ここの巨峰が、おいしくて、8月、9月と続けて買いに行ってしまいました。)
町内には、「牧」のつく場所が他にもあります。その一つは「牧の湯」、町営の温泉です。あまり熱くないお湯で、とくに露天の打たせ湯が他所には無い趣で、とにかくお奨めの日帰り温泉です。
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同 名 の 牧 岡 さ ん 牧岡姓がめずらしいのに、「同姓同名の人なんているはずがない」と、ほ
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